design and code by Werner Dweight
イキトス、1999年
シャーマンワークにおいて何が最も大事ですか。
シャーマンワークの主なポイントは自分が誰であるかを知ることです。それしかないですね。それを知るためには自分から、そして全ての人間的なことから離脱しなければなりません… その後、自分の人間の自己、そして人間性そのものに戻りますが、その際には健康的な距離を持ち、貴方達が立っている標準も変わります。マスクから離脱できるように力を自分の中に見つけなければなりません。時々、ワーク中は狂ったような気持ちを感じるかもせれませんが続けなければなりません。実際に、標準と把握していた狂気を離れて、そして徐々に貴方の魂の宇宙神性の状態である標準に戻ります。ワーク中は、より高い世界との接続を信用しなければなりません。ある日突然、シャーマンが私の所に来て、「今すぐ、水の所へ行って、カヌーに乗って、すぐに下流の方へパドルしなさい!」と言いました。なぜ、と彼に尋ねましたが、彼はきっぱり同じ文を繰り返しただけです。それにもかかわらず、私は説明を要求していた時、「もうそろそろ時間です!」、しか言いませんでした。私がボートで離れた直後に、村落に脱走兵が侵略して何人かを撃ったそうです…他の時は、シャーマンが「大きな川に戻れ」と私にまた突然言いました。そう言われて不思議に思いました。なぜかというと、その領域は「ユリユラ」という悪魔のもので、シャーマン達からは文明、更には「くそ」と好んで呼ばれたゾーンでした。シャーマン達は大きい金属船と、そのディーゼルの臭いを嫌いました。そのシャーマンに、何処に私を行かせてるのかほのめかしたが、彼は笑いながら言いました:「構いませんよ、大河を航海しなければなりません、長く長く航海を」と彼は言い切りました」。「もしかしたら、あなたの部族は私の滞在に単に飽きましたか」とその時にシャーマンに尋ねました。「私の部族?カランバ?私の人々が何を思っているかわかっているだろうかね?」と彼が答えて、そしていたずらっぽく笑いました。「しかし星の教師は大河に戻ってほしい、そして航海してほしい」と。「どこへ?」と尋ねました。そして、シャーマンがこう言いました:「わからない、いつも正しく行った時、どこへ行くかどうかは知りませんでした」。
それはどういう意味で言いましたか。公案みたいですね...
あなたの動きは小さな意識、あるいは人間の意識の代わりに大きな意識で導く場合のみの確実に辿り着きます。あなたの人間の自己は、いつもあなたを正しい道から誘惑するささやきです。あなたの中へ小さな声でしかウィスパーしない明快なスピリットが聞こえるためには、人間が黙らなければいけません…こういう意味で言いましたよ!そして、彼は絶対に正しかったです。その後実際に長い間、様々な川を航海し、そこでは多くの大事なビジョンを体験しました…水位を眺めたことを通じて半物質生物とUFOを知覚することを覚えました。それは私の訓練の一部でした。
今はシャーマンワークにおける最も大きな恩恵は何と思いますか。
アマゾンの熱帯雨林では、やっと、否応なしに私達は何であるかと把握しました。人生は強力な意識であるお嬢様の時空間での単なるお散歩です。そのために、「意識のお嬢様」は身体である服装を穿いてお洒落します…私達は直立した有機体で包装されている神の意識です。身体の中の人生は神の意識における極端な活動のものです。私達は、人間であるとの夢を見ている膨大な意識です。巨大な群れで惑星に到着し、そしてそこで誇示し、お互いに奇妙な役割を持って芝居しています。自分の顔の狂気と自分が引き込まれた芝居で立ち竦んで自分の自己を忘れてしまいます。しかし「誰か」についてのストーリーを穿くのはおそらく魅力的です…未だに私達はこのフィクションをもっと楽しみたいし、見たいです。
それは素晴しい考えですね。このようなビジョンが私達の人生を変えることができますか。
もちろん。このビジョンを生きていく、つまり、自分の人生で実行するのは私達ができる実際に最も大きな革命です。ただし、現在は当然、一般的にこのビジョンで固着するのは困難です…いつか、将来に、地球上の全員が意識の拡張された状態で生きていて、そして自分についてこの基本的な事実を把握すると信じています…しかし、この状態はすぐ来ませんね。この素晴しい目標を達成するまでに、数多くの開発段階を乗り越えます。
シャーマンの技術を通じ意識の拡張された状態だけを達成するのは十分ではないでしょうか。
これはほんの始まりに過ぎません。最初に、幽体離脱の状態と意識の拡張された状態では、自分自身が何であるか、または何に成りたいかの想像の統合を先に覚えないといけません…誰になるべきか~は実際に私達の考え方において根本的なテーマです。どのプロップを片付ける、そしてどのプロップを利用し続けるでしょうか。透明なスピリットの群れのように身体を放棄し開放の宇宙に飛び出すべきか、この小さな惑星で残るべきですか。このような困却は純粋に理論的であると思われるかもしれませんが、このようなテーマを解決する時期がもうそろそろ来ます。確実に私達は意識それ自体であるのを把握してからも、自分自身についての深くない黙思を試すか、あるいは自分自身の絶対本質とまた溶け込むか、決めなければなりません。いつでも唯一のものとして自分自身を考え始めることができます。自分自身の存在の主題における解決に任意深く急落することができます。基本的に、私達とは何であるかの主題、そして自分自身の次の自己認識の方法の主題しか存在していません。私達の中にある基本意識はずっと自分の本質について考え続けます。なぜなら、自分自身が何に成れるかと考えているからです…多くの宇宙の文明はこのような主題で生きています。そして、私達も野蛮の現段階を乗り越える時に、このような主題で生きていきます。
でもこの段階を乗り越えることができますか。その間に自分を破壊しませんか。
それは、無いと感じますが、もちろん、私達のこれからの発展のプロセスは全然簡単ではないかもしれません…宇宙において私達にもうすぐ人間の段階を終了し、そして別の発展段階に入るのは一意に決定されています。自分達自身を生物的なレベルで破壊する場合は、自分の宇宙的な課題を満たせません。そしておそらくその課題を他の環境、あるいは回復された地球で再び満たすことになります。
私達の文明の人々にとってシャーマンワークは厳しくすぎませんか。
確かに、非常に厳しいです。全員にとって厳しいです…シャーマンワークの時には、人間ではないと把握し始めます。それ以上でも以下でも無いです。これは基本です。私達の意識が驚くべき能力を持つのをわかります。すぐに、神、絶対性と特定しなくていいですが…全体的な自己認識と存在性との間における過渡期は自分の意識で作成すればするほど沢山あります…しかし、自分について徐々により深く考えるようになると思います。自分自身、そして存在性を様々な視点から眺めることができると見つけました。例えば、儀式中には突然、人間の身体から飛び出し、そしてあっという間にカイマンの頭蓋骨で自分自身を見つけます。水に流れている大きな先史時代の頭蓋骨にある光の火花になります…その瞬間ではカイマンと同時にそのカイマンを遠くから眺めているものになります。カイマンが知覚する全てを読んでいると同時に宇宙の観測者です。続いて、自分が何も無い、そして誰でもないにもかかわらず、続けて存在している状態が来ます…何であるかを理解しようとしているが、結局、否応なしに基本意識であると認識します。シャーマンワークの意味は深い自己認識にあります。時間が経つにつれてシンプルな幽体離脱はより深い状態で交換されます…「身体」とは何ですか。本当に存在していますか。と尋ね始めます。物質世界は量子に分かれています。物質は可鍛で非現実的であると認識し始めます。意識そのものは体験できる全て、そして、なれることができる全てを含んでいる完全な現実であると認識します。各空間、各世界、各次元と形を含みます。ああそうか、自分自身に対して最も勇敢な態度を取りたがる意識だ、と自分に言います…ボーダーなし、制限なしの無定形な「私」は同時に人間の役を演じることができますか。主にそれを常に試しています…それが延々と自分の能力をずっとチャックし続けるみたいです。夢の中に居る事と同時に完全に目覚めている事です。それは、簡単に言えば、シャーマンの自己認識道の全体の目的と目標です。いくらでも夢が現実的に見えるのに目覚めることができることです。
シャーマンの視点からは何が人生の目標ですか。
たぶん、自分のファンタジーから距離を保つ事と同時にそれで楽しめるのを失わない事です。つまり、あらゆる状況において宇宙的なユーモアの維持ができるようにする事です。各意識のトラップを明かすことができ、そして穏やかにそのトラップを愚弄できるようにすることです。物質的な「現実」とビジョンで立ち往生しないことです。そして特に、絶対に何も真面目に受け取れないことです!これはたぶん最も大事です。意識の全ての創作である宇宙、生物、命を神の観点から見ること、そして同時に全てを十分楽しめることができることです。それはおそらく全存在の中では最も困難です。そのために自分自身を深く定義することを学ばなければなりません。虚無の意識、あるいは虚無の注意そのものだと自分で分かっています。自分自身にしか興味はもっていないものです。全体の虚無の注意のそのものです。あなたは昔からこれしかないと気づきます。そして将来的にも決して他のものになりません。深い状態の中に居るときは益々、自分を唯一の意識と相当します。全ての形態を単なる記号として認識し始めます。全ては唯一になります。カイマンを見ると、彼も唯一の一部であると分かります。それは、自分自身に潜んで、自己実現を待っている時空間の泥に沈んだ意識です…意識は無数の方法と無数の道で自分にむかって行きます…カピバラのように豊かな緑を通って歩いています。カイマンの開いている食道まで歩いています。中に入ります…自分自身しか吸収しません。それは、恐ろしくて素晴しいです。「ユニティー」、それは実際のシャーマン道の目標です。
このユニティーの状態に達成できましたか。
それは永遠まで達成し続けるだろう…全ては人生と人生との出会い、あるいは意識と意識との出会いです。全ての存在しているもの、全ての起きていることは意識にとって吸収するあるいは、ある方法で自分を消化する試みです。ある方法で自分が自分と遭遇することです。全ての具体的な事象は単に同じ意図を反映しています。事象の表面に押されている観察者にとっては様々なプロセスと現象に見えます…しかし、そこには唯一の力があり、それは意識そのものです…意識は考えられないことをチャレンジしています。自分を理解することです。このために「その全部」が必要です。そのためにだけ。他の理由はありません。正直、「他の」目標は存在しいません。意識は自分自身に沈みそして、必死に自分の本質に触れながら、自分自身を攻撃し、急襲し、自分自身と戦います…それは、永遠に起こっています。わずかな救済に来ることはありません。一方、それは無限で文字通り永遠までにエスカレートする可能性もあります…幸いなことに、そんなことは無限で重要ではありません…現実は全体的なものほど、それを表現するの全ての「人間」の、あるいは広い意味で個人的かつ存在的な試みは事前で失敗する運命が決まっています。自分自身に対して無限と同時に、耐え難くて幸福に見えます…制限するものではありません。しかし「人間」は制限要因そのものですから、それを観念することができません。存在性は自分自身にとって、全体的に耐え難いと同時に表現できない位、悦楽らしいです…それは常にそして、同時に無限の至福と苦痛です!しかし、幸いな事にこれさえ基本的に重要ではないことを、深い状態では明らかにさせます…生きている存在性は、自分で対処できるかつ、自分の中に開発できる主題を選択します…その存在性は何を気にしていますか。それについて意識は我々を通じて自分に尋ねています。私達は意識の道具であり、梢から浮かんでいる巣のバッグを織っているウィーバー鳥です。あるいは、任意の生物です。都市、惑星、銀河全体を建築する事が出来るにもかかわらず私達は道具に過ぎません。
従って、あなたにとって、シャーマンワークの最大の贈り物は全ての統一の認識でしたか。
それだけではありません。我々の宇宙的な全体の存在は目覚めで割った夢ですよね。一方、地球上での我々の人間的な存在は夢を百万対一の割合で割った目覚めです!シャーマンワークはこれを裏返しします。何であるかを再び思い知ります!また、魂と意識になります。シャーマンはあなた自身の不滅を公開します。公開された不滅の表示以外にもっと刺激的なものは存在していません。幼い頃から体験していたこの様な事ををシャーマンが私に発見させるのを手伝いました… 一方、それ以外に本当に感謝していることもあります。
それは何?
我々より合理的なクリーチャーは、この様な愚かな人間が自分自身を破壊するのを許すか、幼い頃から自分自身に何回も尋ねていました。介入しますか。お互いを退治するのを防いでもらえますか。「人類」は様々な場所から地球上へ飛んできて、そしてここで混ざった魂の大きな群れに過ぎない、とシャーマンワークのおかげで思い出しました… 「そして、あなたはいくらでも遠くまで来れたのにこの群れに属する」、と逆説的に熱帯雨林の深くで自分自身に繰り返ししていました… はい、好きだろうが、嫌いだろうが人類に属します… この人類に本当に深く影響与えるように、または助け合うように、何度も前には、自分自身に動機づけをしていました。しかし、本当は人間をあまり信用しませんでした。幼い頃から幽体離脱と「クリーチャー」とのコミュニケーションのおかげで、人間って魂である、私のような魂であるのを理解していました。更に、ある非常識な理由で、この魂は何も合理的な事を理解できない状態にあるのを理解していました。熱帯雨林でのシャーマンワークの間には、「巨大な存在性」の自分自身、深い自己認識の試みに寄与するために、このメガ銀河に来たのが分かりました… 自分を再び太陽と地球へ、永遠の水面で人生を生きる様に手伝うための基本的で絶対的な欲望としての風で動いている帆船である魂として見ました!この巨大な欲望を平凡な世界で感じたことがなかった場合、地球では存在してはいません。そして、もし地球そのものが私自身を望むと言う事を感じなかった場合も存在していません。地球って何かわかりますか。それは若くて、美しくて空腹である少し丸い青い少女です。我々の魂は中性ですが、地球の強い女性のエネルギーにより、宇宙的な意味では、地球に対して明らかに男性的な要素です。地球に対して全ての魂は雄生物のようなものです。宇宙生物として若くて空腹で美しい惑星の欲求に抵抗する事は明らかに難しいです!簡単に言えば、何億の他と同様に彼女の大気圏を飛び、彼女に急落しました… その結果は、この私の人間の生活です。 しかし、この地球上の生活の最初の頃の間に、人類を何か救う事について、自分の魂の大部分から信じる事が出来なかった程、精神的な貧しさと愚かさに出会いました。それで、うまく隠すことができなった人類に対する不信を自分自身の中で身に着けていました。そして、それは実際に課題を実行するのを防ぎました。でも、シャーマンワークに通じてそれを取り除けました。シャーマンと同じ様に言葉の最高の意味で人類と国に奉仕するために、この世に居るのがわかりました。
真実の伝達に応答した人々からの嘲笑の恐怖を処分できましたか。
私は人々の嘲笑を決して恐れませんでした。それには無関心でした。もちろん嫌な気持ちでしたが、あまり深い傷が付きませんでした…自分の前で自分自身を嘲笑する方が怖かったです。実際に人々が私を理解するかについて、信じるのを停止したでしょう?おそらく、人々を始めに近くで見た直後ですね。子供の頃は真実を忘れそして、人の偽役割を取得するのが恐ろしい時代でした。それは魂の元の記憶における、突然宇宙から追い出された場所の巨大な幻像との苦戦の時代でした。知っていた人々の全ては幻想側に立ちました…「馬鹿」と四歳の時に彼らに呼ばれました。「モンスター、馬鹿」と四~五歳の小人の体内に閉じ込められた私は緩和していました。人々の耳は完全に聞こえない且つ、目が完全に見えない状態に単に慣れました。講義を開くことになった後でも、人々が単に理解できない恐れから多くのものを隠していました。シャーマンワークのおかげでこの恐怖を取り除くことができました。『帰り道』、この愚かな詩を誰か知りませんか。もしかすると、未だに小学校の一年生はこの詩を暗記しなければなりません。初めてこの素敵な大陸に来た時には、自分の実際のホームに再び近づいた気持ちを経験しました…だから、シャーマンワークの最初の頃の記載を、この嫌っていた詩のタイトルで纏めました。昔この詩を、六歳の小人の身体の小学校一年生として先生の前で読みました…その時は、自宅への帰り道を想像しなかった、逆に自宅から離れて、遠く離れて愚かな教師や愚かな教科書と学校が無い場所へ走っているのを想像していました…自分の実際のホームと再び強く接続すると地球を受け取ることができ、それらの怪物性にもかかわらず愛することができます…